2025年4月下旬、世界最大のソフトウェア会社3社のCEOが、ほぼ同時に同じことを口にした。「AIがコードを書いている」、と。
3社のCEOが語った数字
Satya Nadella(Microsoft CEO)
2025年4月29日、Meta主催の開発者イベント「LlamaCon」でのこと。MicrosoftのCEO Satya NadellaはZuckerbergとのファイアサイドチャットに登壇し、こう語った。
「今日、私たちのリポジトリの中にあるコードの、いくつかのプロジェクトでは20〜30%程度は、ソフトウェアによって書かれているかもしれない」
原文には "maybe"、"probably" という言葉が入っている。精密に計測した数字ではなく、推定値だと本人が認めた発言だ。
さらにNadellaは、AIが生成したコードをエンジニアが受け入れる率が「30〜40%で単調増加している」とも述べた。AIはPythonで強く、C++では弱い点、既存コードの修正よりも新規コードの生成を得意とする点にも触れた。

Sundar Pichai(Google CEO / Alphabet CEO)
GoogleはAlphabetの決算発表という公式の場で、この数字を明かした。
2024年10月のQ3決算発表で「Googleの新規コードの25%以上がAIによって生成され、エンジニアによってレビュー・承認されている」と述べた。「エンジニアはより多くのことをこなし、より速く動けるようになっている」とも加えた。
その後、2025年4月のQ1決算発表では、その割合が30%超に増加したことを報告している。

Mark Zuckerberg(Meta CEO)
同じLlamaConで、NadellaはZuckerbergに逆質問した。MetaはどれくらいAIを使っているか、と。Zuckerbergは現在の数字を明言しなかったが、こう予測を語った。
「来年(LlamaCon時点から1年以内)、開発の半分くらいがAIによって行われるようになると思う」
この「50%」は現在の実績ではなく、2026年4月頃を想定した将来予測だ。また、2025年1月のJoe Rogan Experienceでは「2025年中に、ミッドレベルのエンジニアと同等に機能するAIを持てるようになる」とも語っている。
「30%」という数字の正体
3社の発言が重なったことで、「Big Techのコードの30%はAIが書いている」という一行が独り歩きし始めた。しかしこの数字には重要な文脈がある。
まずNadellaの発言は推定値だ。「maybe」「probably」という留保が原文に含まれており、計測された正確な数値ではない。Googleの「30%以上」は「新規コード(new code)」の割合であり、既存コードのストック全体ではない。Zuckerbergの「50%」は将来予測であり、現時点の実績ではない。
メディアが「30%!」と見出しにするのは理解できる。ただ、原文を読むと3人とも数字を慎重に扱っていた。
Zuckerberg自身が指摘した「定義問題」
ここが重要なのだが、AIコーディング統計の「定義問題」を最初に指摘したのは、他でもないZuckerberg自身だ。
「AIコーディングに関するデータポイントの中には、自動補完ツールの使用を反映しているものがある。そのため、コードが完全に別のソフトウェアによって書かれたとは正確には言えない場合がある」

これは何を意味するか。「AIが書いたコード」には実態として2種類ある。
一つは「自動補完の受け入れ」だ。エンジニアがコードを書きながら、AIが次の行を提案し、エンジニアがTabキーを押して採用する。この「Tab率」を集計したのが一部の統計だ。
もう一つは「自律生成」だ。AIが仕様を受け取り、人間の介入なしにコードを書き上げる。これが大半の人が想像する「AIがコードを書く」の姿だろう。
電動ドリルを使う大工と、大工なしで家が建つのは、まったく別の話だ。Zuckerbergが警告したのは、この2つが混同されているという点だ。
なぜ今この数字が出てきたのか
2025年4月下旬というタイミングには文脈がある。
4月29日は、MetaがLlamaConを初開催した日だ。Llamaシリーズの発表とAI開発コミュニティとの接点を持つためのイベントで、NadellaをゲストとしたZuckerbergとのファイアサイドチャットはその目玉だった。MicrosoftとMetaが競合しつつも対話する構図が珍しく、業界の注目を集めた。
Googleの発言は四半期決算発表という場でなされた。投資家に向けた「AIへの投資が成果を出している」というメッセージの文脈で語られた数字だ。
3社が同時期にこの数字を語ったのは偶然ではない。AIへの大規模投資を正当化するという共通の文脈がある。それを踏まえた上で数字を読むべきだ。
コード例で見る「生成」と「検証」
GitHub Copilotなどのツールで実際に何が起きているかを見てみよう。
// ❌ GitHub Copilotが生成したままのコード(検証なし)
async function getUser(id: string) {
const user = await db.query(`SELECT * FROM users WHERE id = ${id}`);
return user;
}
このコードにはSQLインジェクション脆弱性がある。id に 1 OR 1=1 を渡すと全ユーザーのデータが返ってくる。AIは「動くコード」を提案したが、「安全なコード」は生成していない。
// ✅ エンジニアが問題を検知し、修正したコード
async function getUser(id: string) {
const user = await db.query("SELECT * FROM users WHERE id = $1", [id]);
return user;
}
SQLパラメータを分離した。これがプレースホルダーによるSQLインジェクション対策だ。
Googleのコード生成プロセスで "reviewed and accepted by engineers" という言葉が使われたのは、まさにこういう話だ。「30%のコード」の中には、このような人間による検証プロセスが含まれている。AIが提案し、エンジニアが問題を発見し、修正を加えて承認する。その一連のプロセスが「AIが書いた」という一行に要約されている。
GitHub Copilotの統計によれば、AIが生成したコードをユーザーが受け入れる率は27〜30%程度。Java開発者では61%に達する場合もある。ただしこれも「Tab率」であり、エンジニアがレビューなしに採用したわけではない。
Big Techと個人開発者の文脈の違い
「Big Techがやっているなら、自分も使っていい」という心理的な安心感は理解できる。ただし文脈の違いも知っておく必要がある。
MicrosoftもGoogleも、AIが提案したコードを「エンジニアがレビュー・承認するプロセス」を明示している。Pichaiの発言にも "reviewed and accepted by engineers" という言葉が明確に含まれていた。AIが生成し、人間が受け入れる、というループだ。
バイブコーディングでよく見られるのは、AIが生成したコードをレビューなしにそのままデプロイするパターンだ。これは前述のコード例のように、セキュリティ上の問題を見逃すリスクが高い。
Big Techが「30%」を達成できているのは、コードレビューの文化と、問題を検知できるエンジニアが存在するからだ。この部分を切り取って「AIに任せれば30%は書いてもらえる」と解釈するのは、見当違いだ。
「書く」から「承認する」への変化
3社の発言を通じて見えてくるのは、エンジニアの役割変化だ。
コードを1行ずつ書くことに時間を使うのではなく、AIが出した提案を評価し、問題を発見し、修正を判断する。この「承認者」としての能力が、重要性を増している。
電動ドリルを使う大工は、ドリルより速く穴を開けられる必要はない。ただ、どこに穴を開けるべきか、この深さで大丈夫か、を判断できなければ仕事にならない。
AIが「maybe 30%」のコードを書く時代に、その30%の品質を担保するのは人間の判断だ。
「30%」という数字を聞いて、AIに全部任せようとするか、AIの提案を正しく評価できる側に回ろうとするか。その選択の違いが、これからの差になる。